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お知らせ

当社社員が「厚生労働大臣表彰(日本作業療法士協会)」を受賞いたしました

平素は格別のご愛顧を賜り、厚く御礼申し上げます。

このたび、当グループのリニエプラッツ本町(大阪市西区)に所属する作業療法士 伊藤直子が、一般社団法人日本作業療法士協会を通じて、厚生労働大臣表彰を受賞いたしましたのでお知らせいたします。

本表彰は、多年にわたり作業療法事業の振興や保健衛生の向上に貢献し、優秀な実績を納めた者に対して贈られるものです。
伊藤OTのこれまでの地域医療・福祉への貢献および多年にわたる取り組みが評価され、今回の受賞となりました。

リニエプラッツ本町 作業療法士 伊藤 直子 ご挨拶

このたび、日本作業療法士協会での長年の活動が認められ、「厚生労働大臣表彰」を受賞することができました。
大阪発達総合療育センターで34年間勤務したのち、かなえるリハビリ訪問看護ステーション(現:リニエ)に転職、訪問看護に加え、「保育所等訪問支援事業」に携わるようになり、今も1日3~4件の保育所や学校への訪問を継続しています。

私がこのような賞をいただけるに至った経過には、多くの方々のご協力や支援がありました。
私自身は1歳半の時に脊髄性小児まひ(ポリオ)に罹患し足が不自由です。
大阪発達総合療育センターに入職する際も、発達領域の作業療法士を継続すること、訪問業務に携わることにも周りの方々のサポートがあったからこそ継続できました。

そもそも「作業療法士」という当時よく知られていなかった職業を選ぶには、ひとつのきっかけがありました。
高校の体育の先生が、「跳び箱を飛ぶ代わりに新しくスポーツを始めたら単位をあげる」と言ってくださり、大阪市にあった長居障がい者スポーツセンターに通うようになったことです。
高校2年の時、三重であった全国障がい者スポーツ大会で金メダルをとることができ、その時の感動をこれから育つ子どもたちにも伝えられる職業として作業療法士を選びました。

どうしても子どもに関わる仕事がしたかったので、当時の理事長であった梶浦一郎先生の反対を押し切り、3年くらい働いて学校の先生になる約束で就職させていただきました。
その後、34年間お世話になり、数々の経験をさせていただきました。

その中でも、ボバース法発祥の地であるイギリスやアメリカでの研修で、地域で働く療法士の姿を見て感激し、そのイメージを実現すべく転職しました。
最初はロフストランドクラッチが必要な状態での訪問って大丈夫?と心配をいただきましたが、今も元気に訪問しています。

様々な経験は私の「作業」です。
車いすバスケットで多くの障害のある先輩が活躍している姿を見、なにかきっかけがあれば、障害があっても豊かな人生を歩むことができること、そして障害の重さが幸福には影響しないことを多くの子どもたちやご家族から教えていただきました。

しかし、その生活や人生には、様々な困難や不安、悩みがあります。
そんな時、作業療法士がそばにいれば、きっと力になれる。
ライフステージには様々な健康リスクがあり、子どもの移行期には医療職が伝えるべきたくさんの情報があります。

「重い障害がある子どもにこそ高等教育を」と、訴えた自立支援の父エドロバーツの言葉を常に確認しながら、今は保育所や学校でのインクルーシブ実現のため、中学校区の作業療法士像をイメージして働いています。

まだまだやるべきことがたくさんありますが、この賞をいただいたことを一つのステップとして、さらなるインクルーシブを実現していきたいと考えています。

リニエプラッツ本町 作業療法士 伊藤直子

当社は今後とも、専門性の高い人材育成とサービスの向上に努め、地域社会の健康と福祉の発展に貢献してまいります。
引き続き変わらぬご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。