リニエ訪問看護ステーション鶴見
理学療法士
廣瀬家の物語 ―書籍出版を受けて―
「できないことを嘆くのではない。できることがほんの少しでも増えたら、たくさん喜んであげよう」
2025年3月1日。三輪書店から1冊の本が出版されました。
本のタイトルは『あの子のちがいは価値になる モノづくり父さん障害児家族の発明活用ストーリー』。
この記事の冒頭はこの本のまえがきからの引用です。
この本は重症心身障害児のともかつくんと、その家族の物語から生まれたノンフィクション本。
医療的な話題もあり、お父さんである廣瀬さんが行ってきたモノづくりの紹介もあり、目が潤みそうなエピソードもあります。
けれどもこの本は医療専門書籍でもなく、モノづくりのハウツー本でもなく、お涙ちょうだいの感動本でもありません。
多くの不安や葛藤を経て、それでも前向きに生きてきた家族の、ノンフィクションの物語です。
モノづくりの父、音楽とツッコミの母、イラストの娘、好き嫌いを明確に意思表示する息子。
そうした家族4人みんなでつくられた、読むと心がとっても温かくなる本。
読者それぞれの“今”に参考となる本です。
私と廣瀬家の関わり
遅ればせながら自己紹介をさせていただくと、私は現在廣瀬家に関わらせていただいている理学療法士です。
私と廣瀬さんが出会ったのは今からおよそ6年前の2019年。
当時私が担当していた子どものお母さんからの紹介で、ともかつくんの訪問リハビリ(訪問看護ステーションから療法士が自宅へ伺い、リハビリを行うサービス)を担当することになりました。
具体的な内容や疾患はここでは伏せますが、本の中に記載がある通り、ともかつくんは重症心身障害児。
座ったり立ったり歩いたりを自力でできない子です。
言語として意味のある発語も難しい子です。
一方で意思表示ははっきりしており、好きなことは何時間でもやり続ける根気があります。
好奇心も旺盛で、興味のあることはすぐにやってみて飽きたら一切やらないという…(笑)
嫌なことはとことん嫌と表明します。
本を読んでいただければわかりますが、当時ともかつくんの「やりたい」を実現する力は圧倒的にご家族に支えられていました。
その中で私自身は、理学療法士としてどういった価値を提供できるだろうか。
結果的に現在はともかつくんの機能障害にフォーカスした支援を行っていますが、当時は専門職としての役割について悩んだことを、今でもはっきり覚えています。
大切な誰かのためのモノづくり
ところで、この本の36p。
ここには【大切な誰かのためのモノづくりの流れ】がフローチャートになっており、これはリハビリテーション医療に携わる人にぜひ見てもらいたいものです。
と、言っていたら著者から引用の許可をいただいたので特別に掲載しちゃいます。
廣瀬さんにはOGIMOテック開発室を立ち上げる前に、私が担当している子どもに歩くと一歩ごとに音と光が出るセンサーを作ってもらったこともあります。
ここでも廣瀬さんはピカチュウが好きなその子が喜ぶようにと、一歩一歩違うピカチュウの声が鳴るように工夫してくれたり、連続8歩進めたときにだけ特別な音が鳴る設定を作ってくれたりしました。
対象の子のことを考え想像して、自然にオーダー以上のことをしてくれる。
その人柄とこだわりは、家族以外にも存分に体現されていました。


当たり前を疑うこと
廣瀬さんと話していてすごく感銘を受けたエピソードがあります。
ジャンケン。
皆さんは、何かの権利をかけて自分の代わりに誰かにジャンケンしてもらって、負けたらそれに納得できますか?
表面上納得したように振る舞っていても内心はどうですか?
僕は絶対納得できないです(笑) いや、大半の人はそうじゃないかと思うのです。
ところが、身体機能に障害のあるお子さんは、結構それが“当たり前”だったりします。
自分の代わりに親、先生、兄弟がジャンケンする。
勝っても負けてもその結果を導いたのは自分自身じゃない。
想像してみてください。この不納得感は半端じゃないです。
この課題を解決するために、廣瀬さんは『じゃんけんハンド』を開発されました(書籍p87〜)。
これ、エンタメじゃなく大真面目な開発だと私は思うのです。
ジャンケンは勝っても負けても“その結果を自分が導き出したという納得感”こそが最重要だと思います。
なんでもそうですが、納得できないと前になんて進めません。
“当たり前を疑う”
そういう感性を持った家族だからこそ、数々の不安や葛藤を、発想や試行錯誤の繰り返しに活かし、今も飾らず笑顔で生活されているのだと思います。
この本は、家族、仕事、恋人、社会など、様々な事柄に悩む現代人にこそ、ぜひ気軽に読んでもらいたいです。
きっと、何かしら状況を打開するきっかけが見つかると思います。
結びとして
最後に、つい先日訪問した際にお母さんが話されたエピソードを紹介します。
娘さんの吹奏楽部の発表会に父母とともかつくんの3人で行かれたそうです。
最初おとなしくしていたともかつくんですが、やがて我慢の限界が来たようで「あー!!」「うーー!!!」と叫びだしたそうです。
あの手この手を使ってともかつくんをなだめようとした父と母。
その様子を舞台から見ているであろう娘。
ともかつくんの叫びは勢いを増すばかり(笑)
泣く泣く会場を出たそうですが、父は 「ありえへんわ!」と怒り心頭。
その父を宥め、後日それを笑い話として私に話してくれる母。
私たちは知っています。
この“自然体”がなにより難しいことを。
本当に素敵な家族に関わらせていただいています。
リニエ訪問看護ステーション鶴見
理学療法士 岩渕翔一